大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行コ)6号 判決 1984年7月19日

控訴人(原告) 小室壽美子

被控訴人(被告) 社会保険庁長官

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  申立

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が昭和五六年四月九日付で控訴人に対してした厚生年金保険法による遺族年金を支給しない旨の裁定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

二  主張

控訴代理人において、控訴人は法三条二項にいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」にあたると解すべき理由につき、原審における主張に加えて更に次のとおり主張したほか、原判決事実摘示のとおりであるから、引用する。

1  民法七三五条により直系姻族関係にある者の間の婚姻が法律上禁止されているからといつて、そのような関係にある者の間の内縁関係がすべて社会の倫理観に反するものとはいえない。ちなみに、アメリカ合衆国の二六州では姻族であつても婚姻は可能であるし、フランスでも、姻族関係を生ぜしめた者が死亡した場合には、免除を得て婚姻できることとなつている。

2  仮に、本件内縁関係が反倫理的なものであつたとしても次の理由により、控訴人は、法三条二項にいう「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」にあたるというべきである。

(一)  法の目的は「労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」(法一条)等であり、また、法の定める遺族年金は社会相互扶助の理念に基づく生活保障費としての性格をもつもので、その保険料は被保険者と事業主がそれぞれ半額を負担し(法八二条一項)、妻には、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含むものとしている(法三条二項)から、法は、形式よりも生活実態を重視しているというべきであり、法三条二項の「事実上の婚姻関係」に含まれるか否かの判断にあたつては、被保険者と生計を一にしていたか否かがその重要な基準となるといえる。

(二)  法による保険給付は公的給付そのものではない。保険給付に要する費用についての国庫負担は多くてもその百分の二五(法八〇条)であつて、被保険者及び事業主の負担が大部分である。そうだとすれば、公の秩序に形式的に反するからといつて給付しないといえるものではないはずである。

(三)  反倫理的といつてもその反倫理性の程度はさまざまであり、例えば、重婚的内縁関係の取扱いについて、社会保険庁年金保険部長の通達は、「届出による婚姻関係がその実体を全く失つたものとなつているときに限り、内縁関係にある者を事実婚関係にある者として認定するものとすること。」として、民法七三二条の趣旨に反する事実上の婚姻関係であつても法の適用があり得ることを明らかにしているのである。

(四)  控訴人が遺族年金を受けられないとすると、亡直治の子はいずれも直治の死亡当時満一八歳に達していて受給資格を有しないから(法五九条一項)、結局、直治の遺族は厚生年金から何らの支給を受けられないことになる。直治は、将来自分の、あるいは妻や子の生活費の保障とするために保険料を拠出してきたのであり、それにもかかわらず遺族が何ら受給できないというのは甚だ不合理である。

三  証拠関係<省略>

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求を失当と判断する。その理由は、左に付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、引用する。

「 控訴人の当審における主張について検討するに、1は、およそ将来においても法律上有効な婚姻関係に入り得る余地のない内縁関係を反倫理的でないと解することはできず、我が国と事情を異にする外国において主張のような法制が存在することは、右のように解することの妨げとなるものではないから、失当である。2は、(一)(二)で指摘されているような諸点を考慮に入れてもなお、法による保険給付が公的な給付の性質を有するものであることは否定できず、法はかかる公的給付を受けるにはそれにふさわしい者を給付対象者とされるべきであるとしているものと解されるのであり、(三)記載のように、重婚的内縁関係の場合について主張のような取扱いがなされているとしても、右の場合は、例えば、将来法律上有効な婚姻関係に入り得る内縁関係であるか否かなどの点において、本件内縁関係とは著しく事情を異にしているので、本件内縁関係の場合をこれと同列もしくはこれに準ずるものとみることはできず、更に、(四)のような事情があるからといつて直ちに反倫理的関係に立つ者に受給資格を認めることはできないから、これもまた採用することができない。」

よつて、控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田尾桃二 南新吾 根本眞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例